サロン文集 6


初段を賜るの記

                                              伊澤孝雄   



  負けが込んでくると、つくづく自分の才能のなさに自分で呆れてすっかり碁が嫌になってしまうこともありました。


  また碁会の後の飲み会で、定年後に碁を始めたけれど学生時代囲碁部にでも入っていれば、四、 五段くらいにはなっていたかもしれないとお互い慰めあっておおいに盛り上がったことも。暇で碁の勉強時間 はたっぷりあるだろうと言われるけれど、孫のサッカー試合の応援に駆り出されたり、家のメンテナンスを家 内に命じられたりで、のんびりと碁盤に向かっているわけにもいきません。


「されば才のともしきや、学ぶ事 の晩きや、暇なきやによりて、(本居宣長)」


  実戦の機会もなくさりとて碁会所は敷居が高く、テレビ碁の観戦や本で死 活の問題を解くくらいではなかなか強くもならず興味も続かずで、5年ほど前碁を諦め将棋に鞍替えしました。 将棋の時期が2年ぐらいでしたがこれも飽きてきた頃、

「思ひくづをれて、止ることなかれ。(同)」


  ある日オール慶應囲碁の会の案内を目にし、「初心者を丁寧に教えます」との言葉にすがる思いで 入会、とにかく下手なので雰囲気に慣れようと機会あるごとに何処へでも顔を出してみました。とは言え碁会が 近づくと気が重くなり、勝負にこだわるなと自分に言い聞かせてもこだわり、これをなかなか脱皮できない日々が 長かったように思います。そんな時「大きく攻めると碁が楽しくなりますよ」と山下会長にご教示頂き、 スッと何かが落ちたような気が致しました。


「とてもかくても、つとめだにすれば、(同)」


  と間もなく「初段認定」を頂きまったく不思議な気持ちです。初段の実力は未だし、と自覚して はおりますが、初段で打て、初段の品格で打てとの仰せと肝に銘じ、ありがたく「初段」を頂戴いたしました。


  長らくご指導頂きました皆様に深く感謝申し上げます。


「出来るものと心得べし。(同)」



                            本居宣長「うひ山ふみ」世界名言集(岩波文庫)から引用


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